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コラム

知的財産領域で知財管理・特許調査をおこなう
パソナナレッジパートナーの知財コラム

掲載日:2024.03.21

【海外知財関連情報】シンガポール知的財産戦略2030

今回は、現在、日本でも検討が進められているイノベーションボックスといった、知財活用による収入に対して税を優遇することによりイノベーションの促進を図る制度の導入を2018年から導入しているシンガポールについてお伝えいたします。
シンガポールでは、前述のイノベーションボックスのほか、企業が無形資産や知的財産に基づき資金調達を行いやすくし、さらなる技術革新をもたらすといったサイクルを構築しようとしておりますが、このシンガポールの国家的な戦略であるシンガポール知的財産2030に関して、SPRUSON & FERGUSON (ASIA) PTE LTD様に記事の執筆を頂きましたので紹介いたします。

目次

1.前書
2.無形資産・知財のグローバルハブとしてのシンガポール
3.革新的企業の誘致と育成
4.良好な雇用と価値あるスキルの開発
5.結論
参考資料

1.前書

シンガポール政府は、2021年4月26日の世界知的財産の日(World IP day)2021に合わせて、「シンガポール知的財産戦略2030(Singapore Intellectual Property Strategy 2030 (SIPS2030))」と命名された10年計画を発表した。
SIPS2030は、シンガポールのIPハブマスタープラン(IP Hub Master Plan)に基づくものであり、IPハブマスタープランは、2013年の初回発行を経て2017年に改定された。
IPハブマスタープランの代表的な業績としては、商標登録のための世界初のモバイルアプリケーションである「IPOS Go」の立ち上げ、地域におけるIP専門知識の共有を広げるためのIP教育プログラムの立ち上げ、ジュネーブにある世界知的所有権機関(WIPO)本部以外では唯一となる仲裁調停センター(AMC)シンガポール事務所の発展などがある。

SIPS2030は、無形資産(intangible assets (IA))と知的財産(intellectual property (IP))のグローバルハブとしてのシンガポールの立場に貢献することを目指している。
この戦略は、知財を活用することによって、経済成長を促進し、イノベーションを育み、知財の創造と商業化のための活力あるエコシステムを発展させることに焦点を当てている。この戦略はまた、シンガポールにおける革新的な企業の成長を支援するために、知財資産の管理と商業化を強化することを目的としている。

SIPS2030の実施には、知財に関する教育と意識の向上、知財の商業化の促進、知財管理実務の改善、国際的なパートナーシップの強化など、様々な取り組みが含まれる。
これは、産業界の利害関係者、政府機関、教育機関との協力を通じて行われ、戦略の目的達成へ邁進している。

包括的なSIPS2030レポートは、法務省、財務省、通商産業省、シンガポール知的財産庁(IPOS)が共同で発表した。そのレポートは、様々な技術分野の急速な進歩により、世界経済が無形資産によってますます力を得ていることを強調している。
世界の無形資産の価値は65兆USドルを超えるまで急増し、有形資産の価値を上回っている。したがって、シンガポールがこの傾向において主導的地位を維持し、企業がこれらの取り組みによってもたらされる機会を十分に活用することが極めて重要である。
本レポートは、SIPS2030の主な目的を概説しており、以下のA~Cの項目が含まれる。すなわち、A)無形資産・知財のグローバルハブとしてのシンガポールの地位を強化すること、B)無形資産・知財を利用する革新的な企業を誘致し、成長させること、C)無形資産・知財において良い雇用を創出し価値あるスキルを発展させること、である。

シンガポールの企業は、政策及びインフラを網羅したシンガポールの無形資産・知財フレームワークの今後の変化について情報収集に務めるとともに、無形資産・知財サービスへのアクセスを強化することを目的とした政府の取り組みを活用する方法を探求し、それにより無形資産・知財を通じた新たな潜在的資本源の開拓が求められる。

2.無形資産・知財のグローバルハブとしてのシンガポール

2013年のIPハブマスタープランは、アジアにおける卓越したIPハブとしての地位を確立する力をシンガポールに与えた。SIPS2030は、この強固な基盤をさらに拡大し、無形資産及び知財での主要なグローバルハブとしてシンガポールの地位を強化することを目指している。

その結果、シンガポールの企業は、徹底的な政策評価や、無形資産・知財に関する出願及び管理システムの改善などのデジタル化の取り組みを含む、無形資産・知財制度の継続的な強化を期待することができる。また、ASEANやグローバルな連携を支えるハブとして、また、無形資産・知財紛争解決能力の強化のために、シンガポールは今後も進化し続けることが期待されている。

1)無形資産・知財制度の強化
SIPS2030は、急速な技術的進歩とデジタル化の中で、シンガポールの無形資産・知財施行規則及び法律の妥当性と有効性の維持を目的としている。これを達成するために、SIPS2030には、技術の進歩を促進する以下の政策評価が組み込まれている。

(a) イノベーションのためにビッグデータを利用することを支援する際の、シンガポール無形資産・知財制度の妥当性を確保するための見直し
シンガポールは、2021年著作権法において、著作権者の商業的利益を保護するための一定の条件と保護条項が満たされている場合に限り、著作権保護の例外として、テキストマイニング、データマイニング、データ分析、機械学習などのコンピュータによるデータ解析目的で、著作権で保護された資料の使用を許可する規定を導入した。
IPOSはまた、ビッグデータの重要性を引き続き調査し、シンガポールの無形資産・知財法のさらなる変更の要否を判断する予定である。

(b) 企業が企業秘密や機密情報をより効果的に保護・管理できるようにするための新たな取り組みの検討・実施
企業にとって企業秘密は、ますます重要になっている。例えば、ベーカー・マッケンジー社(Baker McKenzie)が2017年に企業の上級管理職を対象に行った調査では、回答者の5人に4人が、企業秘密は不可欠ではないにしても重要なビジネスの一部であると回答している。これを踏まえ、IPOSは、企業秘密を保護するためのフレームワークが最新であって革新的な企業にとって好ましい状態を維持していることを確認するための調査を実施した。この調査では、シンガポールを拠点とする企業が自身の企業秘密を効果的に保護し、利用できるようにする方法についても検討した。

調査結果に基づき、IPOSは、SIPS2030での取り組みの一環として、企業のニーズを支援するために以下の3つの分野を検討している。

i.意識向上: 企業秘密の重要性に対する意識を高めるための資源(リソース)と活動を収集整理して公開する。これには、企業秘密の保護と管理に関する実践的な助言、及び成功例となる保護と管理手段に関するケーススタディを提供するため、シンガポールの企業秘密制度に関する企業用ガイドの発行、が含まれる。
ii.能力向上: 企業が自身の企業秘密からより良い価値と事業の成長を引き出すことを可能にするために、企業秘密の保護と管理における企業の能力を向上させる。
iii.サービスへのアクセス向上: 企業による企業秘密の保護をサポートするために、企業秘密に関連するサービス(タイムスタンプやリポジトリなど)の可用性とアクセス性を向上させる。

また、法的フレームワークの最前線で、IPOSと法務省は、法的手続き期間中における企業の秘密保持の確保に関する研究結果を調査中であり、これに関し関係者へフォローアップが行われる予定である。

(c) 人工知能(AI)と知財(IP)政策のインターフェースを研究し、新しいAI技術の創造と展開を促進する
IPOSは、人工知能技術の開発と採用を確実にサポートするため、地域的な無形資産・知財規定を評価している最中である。この評価では、AI技術の出現によって注目が高まる知財の主要な概念が考慮されることになる。
特に、SIPS2030は、無形資産・知財制度が新しいAIイノベーションの開発と商業化に資することを確保することにより、シンガポールの「国家AI戦略」を支援する。2019年11月に発表された国家AI戦略は、シンガポールが2030年までにシンガポール市民と企業にとって重要な鍵となる分野におけるAIソリューションの開発と展開においてリーダーとなる、というビジョンを示している。シンガポールの国家AI戦略では、新しいAI技術の開発と商業化を支援する上で、知財制度の重要な役割を認識している。

SIPS2030の取り組みの一環として、IPOSは、無形資産・知財に関する出願および管理システムのデジタル化促進にも焦点を当てている。例えば、2022年5月には、IPOSデジタルハブが、以前のeサービスプラットフォームであるIP2SGに代わるものとして導入された。IPOSデジタルハブは、最新のテクノロジーを活用し、知財登録プロセスにおけるユーザーの使いやすさを向上させて、とりわけユーザーインターフェイスの改善、検索機能の強化、知財管理機能、知財紛争解決プロセスのサポート強化などを提供する。さらに、IPOSは、無形資産を管理するための代替方法も模索している。

2)ASEANにおける知財状況の中心としてのシンガポール
SIPS2030レポートによると、ASEANは2030年までに世界第4位の経済圏になると予想されている。知財権が管轄区域ごとに保護されていることを考えると、ASEAN経済圏内で知財の適切な保護を確保することは、この地域への外国投資を誘致するために極めて重要である。したがって、シンガポールの目標は、ASEAN内の経済統合を強化し、圏内で知財に関する互換性を高めることである。

この目標を達成するため、シンガポールは、様々な措置を講じてきた。その措置とは、以下を含む。


(a)特許審査ハイウェイ(PPH)の実施。これは、企業がある特許庁から入手した特許調査及び審査報告書を利用して、他の管轄区域の特許庁における特許審査を迅速化することを可能にする協力的な取り決めである。
(b)カンボジアとの意匠認定の取り組みを含む、カンボジア及びラオスとの特許再登録プログラムの導入。これらのプログラムは、シンガポールで特許権や意匠権が付与された後、これらの国での特許権や意匠権の登録手続きを簡素化することを可能にし、それによって、発明者や創作者によるこれらの国でのビジネスチャンスの検討を奨励する。
(c)シンガポールが締約国である地域的な包括的経済連携(RCEP)のような自由貿易協定に、知財規定を含めることを要求。
(d)知財協力に関するASEAN作業部会の設立。これは、ASEAN内の知財リーダーが協力して地域の知財フレームワークを強化するためのプラットフォームとして機能する。このASEAN作業部会は、ASEAN内の知財エコシステム全体を強化する上で最適なプラクティス、知識、経験の共有を可能にする。

これらの措置を通じ、シンガポールは、ASEANとの経済的結びつきを強化し、圏内での知財規定の調和を促進するとともに、世界経済のリーダーとしてASEANが隆盛することの支援を目指している。

3)国際的な知財紛争解決
国際的な紛争解決のハブとして世界的に高く評価されているシンガポールは、知財紛争の解決に魅力的な選択肢となるための十分な資質を備えている。SIPS2030は、シンガポールの能力を強化し、世界規模で知財紛争解決サービスを促進することを目的としている。

SIPS2030の重要な側面の1つは、トレーニングと専門能力開発に焦点を当てることである。IPOSは、シンガポールの様々なロースクールや、知財関連の内容をカリキュラムに取り入れた法学学習プログラムを実施しているその他の高等教育機関と積極的に協力している。さらに、IPOSは、訓練提供者(トレーニング・プロバイダ)と協力して、専門的な知財コースを設計する可能性を模索している。この取り組みは、専門家が新たなスキルを得るための選択肢を提供し、知財紛争解決に精通した専門家の数を大幅に増やすことを目的としている。

SIPS2030のもう一つの重要な要素は、専門家証人(expert witness)の育成である。専門家の証言は知財紛争解決に重要な役割を果たしており、シンガポールは、様々な技術分野に精通した専門家の包括的なデータベースの構築と維持を目指している。そうすることにより、シンガポールは、知識豊富な信頼できる専門家へのアクセスを確保して、知財紛争において確かな情報に基づく公正な裁定を促進する。

シンガポールにおける知財紛争解決サービスの国際マーケティングを強化するために、いくつかの戦略が実施されている。例えば、知財紛争解決に関連する情報やリソースを統合する情報ポータルサイトが導入されている。このポータルサイトは、WIPOのLex-Judgmentsデータベース等の有名なプラットフォームを通じて、シンガポールの知財裁判所の判決へのシームレスなアクセスを可能にする予定である。さらに、シンガポールは、自らを知財紛争解決のための主要なハブとして宣伝するため、イベントや支援活動を積極的に企画することになっている。これらの取り組みは、シンガポールの認知度を高め、知財紛争解決における世界的に卓越した評価を確立することを目的としている。


3.革新的企業の誘致と育成

無形資産・知財リソースは、企業活動においてその重要性がますます高まっており、効果的に発展及び活用されるようになれば、企業にとって重要な資産となる。
この認識に立って、SIPS2030は、企業が無形資産・知財を創造する潜在的能力を最大化することの支援とともに、それを通じ資金調達の機会を開くことの支援を意図している。そのため、シンガポールは、無形資産・知財による資金調達の取引のための盛況な市場を育成することに、そのリソースを投じている。

1)企業による無形資産・知財の活用を促進
シンガポールは、企業の知的資産と知財の活用を強化し、企業の繁栄した成長を確かなものにするために、3つの重要な分野を検討している。これら分野には、無形資産・知財サービスへの企業のアクセス増加、無形資産・知財に関する認識と能力を高めるための産業界パートナーへの緊密な働きかけ、および企業が無形資産・知財から価値を引き出し最大化することの支援、が含まれる。

SIPS2030によれば、シンガポールの政府機関は、無形資産・知財サービスへの企業のアクセス改善に向けて、取り組みを強化し、より多くのリソースを配分しようとする。この取り組みには、次のような活動が含まれる。

(a)一丸となった政府とのタッチポイント(接触機会)を活用することにより、無形資産・知財リソースをより容易に利用できるようにする。
(b)無形資産・知財ジャーニー(無形資産・知財を活用する道程)を開始しようとする企業、特に無形資産・知財が集中する分野で活動する企業に対する支援のために、その企業に特化した関与を増やす。
(c)専門的な無形資産・知財サービスに対する企業のよりよいアクセスのために、「IP Grow」と命名されたオンラインプラットフォームを作成する。IP Growは、企業がビジネスジャーニー(ビジネスの過程)で無形資産・知財の課題を特定し、その企業を、適切な無形資産・知財サービスの提供者および解決に結び付けるのに役立つであろう。また、シンガポール国内外を問わず、イノベーションエコシステム全体にわたって無形資産・知財関連の専門家のネットワークを構築するとともに、無形資産・知財サービス提供者をグローバル市場に売り込むことになる。

シンガポールは、イノベーションを通じて地元企業が新たなビジネスチャンスを獲得し、自らを強化することを支援するため、官民の間のより緊密で持続可能な協力関係の確立を意図している。以下の取り組みが実施されている。

・WISE
「知財に精通した企業のための労働力」(WISE)プログラムは、IPOSとシンガポールビジネス連盟の共同制作プログラムであり、企業の基本的な無形資産・知財に関する知識を高めるための体系化されたサポートを企業に提供することを目的としている。このプログラムを通じ、企業は無形資産・知財に関する予備的な助言にアクセスでき、それから地元およびグローバルな無形資産・知財ネットワークに接続されることになる。

・GRIT
「無形資産を通じた復元力に富む成長」(GRIT)プログラムは、省庁間の重要な取り組みである。GRITプログラムは、業種や分野固有の関与、リソース、トレーニングを提供し、業種や分野固有の無形資産・知財の課題に対応するよう調整された知識とスキルで企業や団体を援助する。この包括的なプログラムは、無形資産・知財に関連する困難を克服するために必要なツールを、企業や団体に提供することを目的としている。


革新的な企業がそのアイデアと無形資産・知財を効果的に市場にもたらす環境を作るための、シンガポールの目標の一部として、SIPS2030は、企業がその無形資産・知財から価値を引き出し、最大化することを支援する追加的な取り組みを導入した。注目される重要な取り組みの1つとして、SIPS2030は、公的資金による無形資産・知財へ企業からのアクセスを増加させ、その商業化を図ろうとしている。これを達成するため、シンガポールは、「研究・イノベーション・企業(RIE)2025計画」(詳細はhttps://www.nrf.gov.sg/rie-ecosystem/rie2025handbook/へのリンク)の下、研究開発投資に約250億シンガポールドルを割り当てた。RIE2025計画は、新たな成長のルートを創出すること、シンガポールの経済競争力を高めること、社会的ニーズを満たすと共にシンガポール人の生活を改善する科学的ブレークスルーを生み出すこと、によって、知識集約型でイノベーション主導の経済と社会へのシンガポールの発展をさらに可能にする、2021年から2025年にかけての5年間のフレームワークである。

SIPS2030はまた、無形資産・知財取引および資金調達プロセスの促進を目指している。今日の多くの革新的な企業やスタートアップは、無形資産・知財が豊富であるが、有形資産は少ない。無形資産・知財の商業化、担保化、資金調達を促進することで、企業は、無形資産・知財の価値を引き出してキャッシュフローを生み出すことができる。この戦略には、以下のアプローチが含まれる。すなわち、取引を促進するための無形資産・知財および技術プラットフォームとコネクションの提供、無形資産・知財取引に関する透明性と開示の強化、および企業が自身の無形資産・知財を通じて資本を入手することを支援するための取り組みの強化、である。

(a) 取引を促進するための無形資産・知財および技術プラットフォームとコネクションの提供
無形資産・知財および技術プラットフォームは、企業にとってすぐに入手可能な技術および無形資産・知財を利用させ、企業がその技術および無形資産・知財をライセンスし、収益化するための手段を提供することによって、無形資産・知財取引を促進する。このようなプラットフォームには、公的資金による研究開発を通じて開発された無形資産・知財が含まれる可能性があり、したがって、ビジネスの成長とその後のイノベーションのために、企業がそのような無形資産・知財にアクセスする機会を提供する。

中国、欧州、米国などの市場における無形資産・知財仲介および譲渡サービス提供業者とのより緊密な連携が検討されており、市場価格が本質的価値より低い無形資産・知財資産のリターンをレンダー(lender)が回収し、それら資産を新たな投資に再投資するための代替チャネルを開発する。より緊密なこれらの連携は、また、無形資産・知財による資金調達におけるシンガポールの価値提案を高め、取引のためにより活気のある市場を発展させる。

さらに、SIPS2030は、シンガポール企業庁(ESG)とシンガポールライセンス協会が共同で開発した「知財ライセシング・ガイド」などのツールやトレーニングを通じ、企業の知財ライセンス供与力および商業化能力を強化することを意図している。

(b) 無形資産・知財取引の透明性・開示の強化
SIPS2030下での無形資産・知財取引に関する透明性と開示を強化するアプローチには、規制当局のプラクティスおよび企業プラクティスの強化、知財取引の記録を奨励する方法の探求、および知財所有者がライセンス供与またはその他の商業活動のために休眠状態の知財を提供するためのプログラムまたはインセンティブの検討が含まれる。

(c) 企業が自身の無形資産・知財を通じて資本を入手することを支援するための取り組みの強化
SIPS2030は、銀行やベンチャーファンドなどのパートナーと協力することを目的としており、イノベーション主導のビジネスの資金調達に伴う潜在的リスクと利益がより的確に反映される、無形資産・知財の価値の増価と査定を推進する。これにより、投資家は優れた投資をより適切に明確化し、資本をさらに効率的に配分可能になるであろう。

これら3つの取り組みを通じ、シンガポールは、活気に満ちた市場とエコシステムの育成に積極的に取り組んでおり、それは、革新的な企業の成功を支援し、それら企業が無形資産・知財資産の価値を十分に認識することを支援する。

2)無形資産・知財の評価
無形資産・知財の評価における標準化されていない様々なプラクティスは、企業がこれらの資産を成長のために利用する上で障害となる。この問題に対処するため、シンガポールは、無形資産・知財評価プラクティスのための適切な基準とガイドラインを実施することにより、信用性及び信頼性の高い無形資産・知財評価エコシステムを確立することを目指している。さらに、シンガポールは、国内における熟練した無形資産・知財評価専門家集団のトレーニングと育成に焦点を当てようとしている。

まず、シンガポールは、無形資産・知財評価のための国際委員会の設置を主導する計画を立てている。その委員会は、各国の評価専門職業組織(VPO)の代表者で構成される予定であり、その代表者は、各国で評価専門職を育成する権利と責任を有する。委員会は、既存の国際的な無形資産・知財評価プラクティスにおける格差を明確化し、主要な資産区分(アセットクラス)に焦点を当てた無形資産・知財評価ガイドラインを策定することによって、その格差に対処しようとする。

次に、強固なインフラを構築するため、IPOSは、地域的及び国際的な無形資産・知財機関及び組織と協力し、これらガイドラインを奨励し、普及させる予定である。さらに、IPOSは、企業の無形資産・知財評価をサポートするための権限を付与するインフラの一環として、無形資産・知財評価者を公認するルートの構築に向けて取り組むことになっている。

さらに、シンガポールを無形資産・知財に基づく取引が促進される市場に転換するため、シンガポール会計企業規制庁(Accounting and Corporate Regulatory Authority、略してACRA)とIPOSは共同で、無形資産・知財開示のフレームワークとガイドラインを策定するために必要な技術的専門知識を有する省庁間委員会を主導する予定である。これらの措置は、無形資産・知財に関する正確かつ包括的な情報入手を促進する環境の整備に資するものである。

4.良好な雇用と価値あるスキルの開発

SIPS2030の第3の側面は、シンガポール人の雇用機会の拡大と、その無形資産・知財スキルと能力の向上に焦点を当てている。この目的を達成するため、SIPS2030は、以下のような一連の措置を概説している。

1)無形資産・知財に精通した労働力構築と無形資産・知財人材の基盤構築
シンガポールは、将来の労働力に対し必須の無形資産・知財の知識と専門性を与えることを目指している。これには、高等教育機関における無形資産・知財プログラムの開発が含まれる予定である。さらに、SIPS2030は、専門家および上級管理職に対してエグゼクティブトレーニングを提供し、それらの人材が無形資産・知財能力を強化し、ビジネスの成長に活用できるよう努める。

2)シンガポール人への良い雇用機会の創出
多くの企業が必ずしもフルタイムの無形資産・知財専門家を必要とする規模ではないことを認識し、SIPS2030は、知財の専門家でない人々が、日常業務に関連した無形資産・知財の検討課題を処理するために必要な能力を備える程度の、無形資産・知財スキルの広範な普及を想定する。知財のための「スキルズ・フレームワーク(シンガポールの生涯学習プログラム)」を実施し、主要な業界関係者を継続的に参画させることにより、関連する無形資産・知財トレーニングプログラムを様々な職務とキャリアパスに統合することになる。

3)質の高い無形資産・知財スキルでシンガポールの国際的な評価向上
SIPS2030レポートでは、産業界内で無形資産・知財スキルの格差が指摘されている。これは、質の高い無形資産・知財管理を構成する要素を想定した場合、その標準的なクオリティや普遍的に受け入れられる基準というものが現在のところ存在しないためである。その結果、SIPS2030は、この格差を埋めるために、無形資産・知財管理のための一連の国家規格を確立することを目指している。さらに、この規格の国際的な承認と支持を得るために尽力する。

5.結論

SIPS2030レポートは、今後数年間で無形資産・知財業界が大きく進歩することを予測している。SIPS2030レポートは、改善される無形資産・知財制度に適応するために、企業がその変更に精通し、自社業務や方針を更新する要否を検討することが望ましいとの認識である。

企業が無形資産・知財資産を最大限に活用し、無形資産・知財を通じて資金調達を行うことの支援を目的としたSIPS2030における今後および現在の取り組みに関し、企業は、SIPS2030に沿って策定された多くの取り組みのうち、どれが企業に関連するかを評価し、関連する機会の活用に努めるべきである。


【弊社担当】塩野谷孝夫のコメント

この度、SPRUSON & FERGUSON (ASIA) PTE LTD様に記事の執筆にご協力いただきました。
シンガポールでは、SIPS2030といった長期ビジョンに基づき、企業が無形資産と知的財産を十分に活用し、イノベーションを加速させるため、専門家による支援や知財流通促進のためのプラットフォーム構築といった仕組みづくりに積極的に取り組んでいることがわかる内容であったかと存じます。

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