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掲載日:2022.03.31

ゲノム編集 特許紛争 ~ノーベル化学賞の裏で~

ゲノム編集で最もポピュラーなCRISPR/CAS9(クリスパー・キャスナイン)を開発したエマニエル・シャルパンティ博士とジェニファー・ダウドナ博士の2氏が2020年にノーベル化学賞を受賞しました。しかし、この技術の特許に関しては米国で係争が続いています。そこで今回は「ゲノム編集 特許紛争~ノーベル化学賞の裏で~」というテーマでCRISPR/CAS9に関する特許事情を紹介します。

1.CRISPR/CAS9によるゲノム編集

ゲノム編集とは遺伝子の特定部分を改変する技術で、最初の編集は1950年まで遡ります。これは放射線により切断箇所をランダムに選択する方法で、農作物の品種改良などに使われていました。その後、1996年にはZFN(ジンクフィンガー・ヌクレアーゼ)、2010年にはTAREN(ターレン)という編集方法が生まれました。この2つの方法はタンパク質の設計・合成が必要で、編集に成功する確率が低いという問題がありました。そこで精度の高い編集方法の研究が進み、2012年、タンパク質ではなくRNAを使うCRISPR/CAS9(クリスパー・キャスナイン)が発表されました。RNAの合成はタンパク質に比べて簡単で、ZFNに比べると1/4以下の期間、1/200の費用を実現しました。

〈CRISPR/CAS9によるゲノム編集〉

CRISPR/CAS9は人工的なものではなく自然界に存在する現象で、「細菌の獲得免疫機構」と呼ばれています。細菌は過去に感染したウイルスのRNAの断片を記憶しています。この断片(短鎖CRISPR RNA)とトランス活性化型RNAがCAS9(核酸分解酵素)の中に入り複合化するとDNAの標的部位(断片と相補的な部分)に結合し切断出来るようになります。このようにして、過去に感染したウイルスが侵入すると、そのウイルスのDNAを選択して切断するという仕組みになっています。
今回ノーベル化学賞を受賞した研究は、この自然界に存在したCRISPR/CAS9の現象を人工的に行う技術です。短鎖CRISPR/CAS9とトランス活性型RNAを一分子化した「ガイドRNA」を人工的に合成しCAS9の中に入れて複合化することで、DNAの切断部位と相同性(形態や遺伝子が共通の祖先に由来)がある配列をつくる仕組みです。この「CRISPR/CAS9を人工的につくる」というところにイノベーションがあります。

〈CRISPR/CAS9関連基本出願〉

上の表はCRISPR/CAS9関連の基本出願特許の一覧です。他にも多数ありますが基本的なものを4つ挙げました。1つ目はVILNIUS大学がCRISPR/CAS9を利用して試験管内で合成に成功した特許です。2つ目がノーベル賞を受賞した2氏が所属するカルフォルニア大学の研究チーム(UCC)が出願した短鎖CRISPR/CAS9とトランス活性型RNAを一体化したガイドRNAを利用する技術です。3つ目は特定構造のガイドRNAの特許で、TOOLGENが出願人となっています。4つ目はマサチューセッツ工科大学のブロード研究所(BROAD)がCRISPR/CAS9系の真核細胞を利用する技術に対して出願した特許です。

2.UCCとBROADの米国特許の争い

ここからはCRISPR/CAS9の特許について、米国、日本、欧州の特許の登録状況を紹介します。

〈UCCとBROADの米国特許の争い①〉

まず米国における特許の状況ですが、UCCとBROADの間で係争が起きています。UCCとBROADは多数の仮出願を出した後、UCCは2013年3月15日、BROADは同年10月15日に本出願しました。
本出願から3年後となる2016年2月11日、UCCが「真核細胞におけるCRISPR/CAS9を利用する発明は私たちの方が早い」というインターフェアレンスを宣言しました。インターフェアレンスとは、一番先に発明した人を認定するために司法判断を仰ぐシステムです。米国特許商標庁で審議した結果、両者の技術は別の発明と判断され、まずBROADの特許が登録されました。そして2019年4月23日にUCCの一分子型ガイドRNAを使った特許が成立しています。

〈UCCとBROADの米国特許の争い②〉

このUCCの一分子型ガイドRNAに対して、今度はBROADがインターフェアレンスを宣言しました。BROADは「真核細胞における一分子型ガイドRNAは、私たちが先に発明した」と主張したのです。この訴えに関して米国特許商標庁は、出願の優先日を審議した結果、BROADが2012年12月12日、UCCが2013年1月28日と決定し、47日早かったBROADが権利を有する判断を下しました。この決定に反論するため、UCC側では大学院生の証言や実験ノートを集めるなど新しい証拠集めが2021年5月7日まで実施され、現在は結論を待つ状態になっています。

〈CRISPR/CAS9関連特許群のUSでの権利範囲〉

上の図はCRISPR/CAS9関連特許の米国の権利範囲を、技術を下敷きとしてまとめたものです。天然系のCRISPR/CAS9と、人工的に合成したgRNAを利用したCRISPR/CAS9を横軸に示しています。縦軸には試験管内で実施したものか、原核細胞(細菌・バクテリアなど)か、真核細胞に適用したものかを示しています。真核細胞での利用はBROAD、一分子型ガイドRNAの利用はUCCの権利範囲に含まれます。それゆえ、ガイドRNAを真核細胞で利用する場合は、両者の許諾が必要になる可能性があると予想されます。

3.日本と欧州の特許について

次に日本の特許について説明します。こちらはUCCの最も早い仮出願(2012年5月25日)をもとに、真核細胞を利用してゲノム編集が成功したと判断し登録されました。一方、BROADの特許登録は認められず、構造を限定した特許のみが登録されています。

〈日本特許〉

さらにヨーロッパの状況です。EP(欧州特許)は一分子型CRISPR/CAS9を用いた遺伝子編集を含んで、日本と同じようにUCCの特許が登録されています。一方、BROADはロックフェラー大のL.Marrafin氏が米国仮出願の共同開発者・出願人でしたが、PCT出願の際に権利が移転されていないことに起因し、登録されない状況になっています。

〈EP特許〉

今後の米国の権利の行方は、UCCが一分子型のCRISPR/CAS9の権利を取得する一方、真核細胞でのCRISPR/CAS9の実施はBROADが有利だと思われます。CRISPR/CAS9の実施にあたり、両者の権利範囲が被る状況を鑑み、BROADはパテントプールの提案をしているようです。米国のインターフェアレンスが、どのように決着するのか。注目されるところです。

※ 2020年12月22日時点の情報に基づく記載となります

著者プロフィール

高山 秀一

株式会社パソナナレッジパートナー 東京事業部長

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